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園のブログ

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雨の日の気づきが、砂場での新しい遊びにつながりました

2026-07-22
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「すごい!」「山になってる!」「のぼりたい!」
砂を積んだトラックが園庭に入ってくると、年少組の子どもたちは荷台を見上げながら、大きな声を上げました。

荷台がゆっくりと持ち上がり、砂が一気に流れ落ちていきます。いつもの砂場に、これまで見たことのないほど大きな砂山ができました。

子どもたちは、砂が運ばれてくる様子を目の前で見ながら、いつも遊んでいる砂場も、街を走るトラックや働く人によって支えられていることに触れていました。
6月の雨の日から続いていた関心
今回の遊びは、突然始まったものではありません。

6月、雨の日に園庭や街を歩いた子どもたちは、水たまりに落ちる雨粒や、地面を流れていく水の動きをじっと見つめていました。

「こっちに流れてる」

「ここにたまってる」

「水が動いてる」

晴れた日には気づかなかった水の姿に出会い、その後の園庭遊びでも、水を流したり、たまった水に触れたりする姿が続いていました。

そこで、その関心をさらに広げられるよう、砂場に新しい砂を搬入しました。
保育者が「今日は川をつくります」「温泉をつくります」と遊び方を決めるのではなく、大きな砂山をそのまま子どもたちの前に残し、「どうしたい?」と尋ねました。

すると、子どもたちはそれぞれに動き始めました。
登る、滑る、触る
砂山を見た子どもたちは、手や足を砂に沈めながら頂上を目指しました。

「よいしょ、よいしょ」

足元の砂が崩れ、なかなか前へ進めません。それでも何度も登り直します。

頂上に着くと、今度は斜面を滑り始めました。

乾いた砂の上を滑る子、手で砂をつかむ子、足を深く埋めて感触を確かめる子。同じ砂山を前にしていても、遊び方は一人ひとり違っていました。

砂は、型に入れたり、掘ったりするだけのものではありません。

登ると足が沈むこと、滑ると形が崩れること、手で握ると指の間から落ちていくこと。子どもたちは全身を使いながら、砂の柔らかさや重さ、動きに触れていました。
水を流したら、「ウォータースライダー」になった
砂山の上から水を流すと、斜面に沿って水が勢いよく下っていきました。

その様子を見た子どもが、「ウォータースライダーだ!」と声を上げました。

すると、水が流れた斜面を滑り始める子どもたち。乾いた砂のときよりも滑りやすくなり、身体の動きも砂の形も変わっていきます。

流れた水は、低い場所へ集まりました。

そこへ足を入れた子が、「温泉みたい!」とつぶやきました。
別の子も、「足湯だ!」と続きます。

目の前にあるのは、砂場にたまった水です。しかし、子どもたちは自分たちの生活の中で出会った「温泉」や「足湯」の経験と重ねながら、その場所に新しい意味をつくっていました。
一人の言葉が、みんなの遊びに
「温泉をつくろう!」一人のつぶやきが、周りの子どもたちへ広がりました。

スコップで水のたまる場所を掘る子。
砂を積み、水が外へ出ないようにする子。
水を運んでくる子。

最初はそれぞれが好きなように遊んでいましたが、「温泉」という同じイメージをもったことで、少しずつ同じ場所へ集まっていきました。

誰かが考えたものに、別の子が加わり、さらに別の考えが重なっていきます。

水の中に寝転んだり、泥へ飛び込んだりする姿もありました。

服が汚れることよりも、泥の冷たさや柔らかさ、身体にまとわりつく感覚を十分に味わうことを大切にしました。

年少の時期には、言葉で理解する前に、まず身体で感じる経験があります。

泥の重さ、水の冷たさ、砂が崩れる感覚。こうした経験が、後に「どうして」「こうしたらどうなる」という問いにつながっていきます。
もう一度遊ぶと、見えるものが変わりました
遊びは予想以上に盛り上がりました。

一度きりで終わらせず、後日、もう一度同じ環境で遊べる時間をつくりました。

2回目の子どもたちは、前回と少し違う姿を見せました。

初めてのときには、砂山に登ったり、泥へ入ったりすることが中心でした。しかし、今回は水がどこへ流れるのかを見たり、友達と一緒に砂を掘ったりする姿が増えていました。

一度経験したことが心に残り、

「今度はこうしたい」

という思いへ変わっていたのです。

同じ素材、同じ場所であっても、繰り返し関わることで、子どもの見方や遊び方は変わります。

新しい活動を次々と用意することだけが、経験を豊かにするわけではありません。同じものへ何度も関わり、自分なりにやり直す時間にも、大切な育ちがあります。
年長児の遊びに出会って
2回目は、年長児も一緒に砂場で遊びました。

年長児は雨どいをつなぎ、その中へ水を流していました。葉っぱや木の実、スプーンなどを入れ、

「これは流れた」

「こっちは止まった」

と、水の勢いやものの違いを確かめています。

年少児は、その姿を近くでじっと見ていました。

保育者から「こうやって使うんだよ」と説明されるのではなく、少し先を歩く年長児が実際に遊ぶ姿を見ることで、雨どいの使い方や水の通り道に出会いました。

すぐにまねをする子もいれば、しばらく見てから近づく子もいます。

見ている時間もまた、その子なりに新しい世界を受け取っている時間です。

「橋をつくってるの!」

雨どいから流れた水の先では、川づくりが始まりました。

年長児に交じって、年少児もスコップで土を動かします。

一人の年少児が、川の中へ土を入れていました。

それを見た年長児が、

「なんで土を入れるの?」

と尋ねました。

すると、その子はうれしそうに、

「橋をつくってるの!」

と答えました。

しかし、土を重ねると、水はそこで止まってしまいました。

橋をつくろうとしたはずが、水をせき止める壁になったのです。

保育者はすぐに「それでは橋にならないよ」と直すことはしませんでした。子ども自身が、水の流れが止まったことを見られるようにしました。

すると、年長児が竹を持ってきて、

「橋をつくるなら、こうするといいよ」

と、水の上へ渡して見せました。

年少児は、自分がつくった土の橋と、年長児が示した竹の橋を見比べていました。

ここで大切だったのは、正しい橋の作り方を覚えることだけではありません。

年少児の「橋をつくりたい」という思いを、年長児が言葉で確かめ、その思いを否定せずに別の方法を伝えてくれたことです。

自分の考えを受け止めてもらったからこそ、子どもは新しい方法へ目を向けることができました。
砂や水だけではなく、人との関わりへ
1回目の遊びでは、砂や水、泥の感触を楽しむ姿が中心でした。

2回目には、前回の経験を思い出し、水の流れを見ようとしたり、友達と同じものをつくろうとしたりする姿が見られました。

さらに年長児との関わりを通して、雨どいの使い方や橋のつくり方など、自分たちだけではまだ出会っていなかった方法にも触れました。

子どもたちの関心は、砂や水という「もの」だけでなく、一緒に遊ぶ友達や、少し年上の子どもの考え方へと広がっていきました。

年長児もまた、年少児へ一方的に教えるのではなく、「何をしているの?」と相手の考えを聞くところから関わっていました。

異年齢で一緒に遊ぶことの価値は、年上の子が年下の子へ正解を教えることではありません。

互いのしていることを見つめ、言葉を交わし、同じ場所で遊ぶ中で、それぞれの考え方や方法に出会うことにあります。
生活の中の小さな気づきを、次へつなぐ

今回の活動は、大きな砂山で泥遊びを楽しむことだけを目的としたものではありません。

6月に雨の日の水へ目を向けたこと。

砂を運ぶトラックを見たこと。

砂山へ登り、水を流したこと。

一人の「温泉みたい」という言葉が友達へ伝わったこと。

年長児の遊びを見て、新しい方法に出会ったこと。

橋をつくろうとして、水が止まったこと。

それぞれの経験が重なりながら、子どもたちの世界は少しずつ広がっていきました。

年少の子どもたちは、まだ自分の考えを長い言葉で説明するとは限りません。

立ち止まること、じっと見ること、何度も同じことを試すこと、友達のしていることに近づくこと。その一つひとつに、子どもなりの問いや理解があります。

くさばな幼稚園では、遊びを立派な成果へ急いで結び付けるのではなく、子どもが何に心を動かし、何を繰り返し、誰と経験を重ねようとしているのかを丁寧に見取ることを大切にしています。

これからも、子どもたちの「やってみたい」を受け止めながら、必要なときに素材や人との出会いを整え、砂、水、泥、友達との関わりから生まれた小さな問いが、次の遊びへつながっていくよう支えていきたいと思います。

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